0003 知己
「お前は本当にどんくさいな!」
大きな声でそう言ったのは足の速いうさぎでした。
「そんなノロマなやり方じゃいつまで経ってもぼくには勝てないぞ!」
ウサギは大きく胸を張って、張って、あまりに張るもんだから胸のあたりが張り裂けてしまって、あまりの痛みに泣くほど痛がっていました。
「ああ、こんにちは、今日はとてもいい天気で、お散歩にはとっても良い日ですね。」
苦しむうさぎにはこれっぽちも気にせずに、カメは答えたのでした。
「ははは、ほらな、やっぱりお前はどんくさい、何が天気だ、お散歩だ?今日もぼくの勝ちだ、それにきっとこれからも、ね!」
呼吸を整えることなく、一息でウサギはカメをバカにしたのでした。
「・・・・」
カメはゆっくりと、痛みに悶えるウサギの横を通り過ぎていきました。
「ああ、本当にいい天気。お陽様が気持ちいい!こんな日は外を歩くのがとっても楽しいね。」
カメの目にはウサギは映っていません。カメの耳にウサギのうめき声は聞こえてきません。
カメの世界にウサギはいませんでした。
ウサギはそのことに怒りを覚え、思わずカメの前に立ちはだかりました。
「おい!!!、、、、ぼくだぞ!!!、、、、ぼくを見ろ!!!」
ウサギの口からでたのは、カメを罵る言葉でもなく、蔑む言葉でもなく、焦りと悲しみに満ちた叫びでした。
それは張り裂けた胸に悶え苦しむうめき声よりも一層痛々しいものでした。
「お、やあ、はじめまして。ぼくはカメ太。君は誰だい?」
カメはそう言ってウサギを見つめます。キラキラした喜びに満ちた目で。
ウサギはその場に倒れ込みました。
認識もされていない相手を、届くことのない声でひたすら蔑み続けた自分。
あまりの虚しさに、ウサギは自分がとても無駄なことに囚われいたと、思わざるを得ませんでした。
倒れ込んだ自分の横を、それまでと変わらずゆっくりゆっくりと通り過ぎていくカメを、ウサギは気配で感じました。
「(ああ、結局ぼくのことを気にしてなんでいないんだな、こいつは。)」
カメが通り過ぎていったころ、張り裂けたウサギの胸は徐々に治り始めていました。