はつうぐ便り

絵本とおとぎ話の制作現場からお届けします

0008 洟垂

「ひぃいぃぃ、食べないでくだせぇ、、、」

狭い洞窟の奥深く、豚のトン現はの目の前には、大きなオオカミの狼煩がヨダレをダラダラと垂らして一歩一歩こちらに向かって来ていました。

「はぁはぁ、うまそうだなお前。久々の良い食い物だ。」

狼煩は空腹をのあまり食欲を抑えきれずに、既に追い詰められ逃げ場がないトン現にゆっくり近づきます。

口から溢れ出すヨダレ。それがトン現の体に垂れ始めたとき、狼煩は思わず顔をしかめたのでした。

自分が追い詰めて食べようとしてる相手、もう逃げ場がない相手が、なんと、おそらく自分と同じくらいヨダレを垂らしてこちらを見たのでした。

「はぁはぁ、オイラももう我慢できねぇ。久々に肉を食うぞ!」

トン現はそう言って、狼煩をを凝視します。

すると狼煩の足元はいつのまにか舌に変わり、頭上からは雨のようなネトネトしたものが降ってきたのでした。

「な、なんだ、ここは!?どうなっている!?」

狼煩が狼狽しているうちに、トン現が踊る様に叫びました。

「いっただきまーーーす!」

狼煩は暗い洞窟のどこかへと消えていきました。

トン現もまた、いつのまにかいなくなっていました。

この森では不思議なことがおきます。

例えば、この森では時々、大きな大きな「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ」という音が響き渡ります。

すると、それまでなかったはずの洞窟が、ふと現れるのです。

その洞窟にはいつもよく肥えた豚がいます。それを食べようとして恐ろしい肉食獣がやってきます。

そして肉食獣が入ってしばらくすると、洞窟は溶けるように姿を消すのです。

次にまた大きな「ぐぅぅぅぅぅ」が鳴り響くまで、その洞窟はどこにも見つけられないのです。

0007 宵張

「昨日三つ首のマッコウクジラに乗ってたらさ、急に腹が減ったとか言って鰯の群れに突っ込んでいくもんだからさ、やばいぶつかる!!ってオイラ慌てちゃって、急いでウィーザーディングタクトを取り出して振って、サーディントルネードを起こしてさ、なんとか進路を開けてやったよー。もうほんとヒヤヒヤした!」

夜が深まると、誰もが物思いに耽る様になり、日中では得られなかった広く制限のない想像力に身を委ねるものです。

寝る時間は疾うに過ぎているというのに、想像の世界の魅力に病みつきになってしまいます。

そう、冒頭いきなりわけのわからんことを言った妄想ゴリラもまた、夜に当てられてしまっているのです。

まったく、自己管理ができていないやつだ。

私みたいな大人であれば、夜はきっちり決まった時間に寝るのです。

睡眠は体だけだなく脳も回復させる大切なことです。きっちりやってこそ毎日高いパフォーマンスが出せるというものです。

え?もう深夜だけどお前いつ寝てるんだって?

まあ、今日は特別寝るのが遅くなってしまっただけだ。私みたいなスーパーエリートメガネザルにもなると、そういうこともあるんです。

え?目がギンギンだけどひょっとして徹夜続きかだって?

おいおい、何を言っているんだい君よ。私たちメガネザルはいつだって目がギンギンさ!知らなかった?困ったもんだよまったく。

え?君もメガネザルだけど私ほどギンギンじゃないって?

んもーこれだから一般猿は!まあ仕方ない、教えておいてあげよう!私はね、スーパーエリートメガネザルなんだ。スーパーエリートともなると目なんてもうギンギンさ。覚えとけぇ。

え?大丈夫かだって?

大丈夫に決まっているだろう君ぃー!なんてったって私だよー!そりゃ大丈夫さ!下らない質問ばかりしないでくれよ。

君に話したかったは、そうゴリラのやつが夜更しして妄言巻き散らかして困ったよってこと。

なにが三つ首のマッコウクジラさ。私なんてこの間、三匹のドーベルマンに乗って走っていたら、気がつくと一頭のケルベロスに変わっていたからね。

頭の数が変わらなかったけど、足の数は一匹分に減っちゃって、速度なんてガタ落ちさ。困っちゃったよほんと。ね!

お、夜が明けて来たじゃないか!また一日が始まるぞ。終わらないのにさ。

さあ、やるかー!

0006 同穴

「あいつ手が2本しかないんだってよ!気持ち悪ぃー!」

 

森の木々を今日に飛び回り、大地を悠然と走る猿太は、近所に住む蜘蛛蔵からいつも揶揄われていました。

 

この地域には蜘蛛蔵の様な手足が多い住人が多く、手二本足二本の猿太たちは浮いた存在になりがちでした。

 

「ほれほれ、柿でもおにぎりでもなんでも投げてきなよ!あんたなんて簡単にチョキチョキしちゃうんだからね!」

 

「木には登れても墨も吐けないんだろー?サメに襲われたら一体どうすんだろな!?ハハハハハハ!」

 

蟹江も烏賊住もなんの遠慮もなく罵詈雑言を浴びせかけます。

 

そんな時でした。

 

「やめなよ!みっともない。君たちは猿太くんをバカにして楽しんでいるのかもしれないが、傍目から見たら、君たち地震が、私はバカです、とアピールしている様にしか見えないぞ。」

 

どこからともなくやってきたダチョウの駝子が、猿太をいじめる連中に釘を差しました。誰よりも大きい体であまりも高速であたりを駆け巡る駄子の迫力に、その場の誰も何も言い返すことができません。

 

「猿太くん、気にしなくていいんだよ。君は君のままでなんの問題もないんだから。一人ひとりの違いを認められないあいつらがバカなだけ。」

 

駄子は猿太に笑顔で話しかけます。猿太をいじめていた連中は、痛いところを突かれ、ぐうの音も出ません。

 

「駄子、お前はなんにもわかっていない。猿太、いい気になるなよ。」

 

捨て台詞を吐いて逃げていく蟹江、烏賊住、蜘蛛蔵たち。駄子は知らん顔で猿太に語り続けます。

 

「バカは死ななきゃ治らないって本当なのかな。バカに効く薬があればいいのに。ね?」

 

相手の痛いところを的確に剛力でついていく駄子。言っている内容とは裏腹に、語調も表情もとても優しく、駄子は全力で猿太を守ろうとしたのでした。

 

猿太は駄子に答えます。

 

「あいつら手がたくさんあるんだぜ。ほんとに気持ち悪いな。」

 

 

0005 鶯鳴

「わたしだってさぁ、できれば鳴きたいよ。ホーホケキョってさ。」

 

Bar ククルスのカウンターで、強めのお酒を片手に項垂れるのは、バリバリのハイキャリアを突き進むウグイスのホロさん。

 

ククルスのマスターに鳴き言を打ち明けています。このバーではお馴染みの光景です。

 

「ちょっとホロちゃん、今日は一段と荒れてるわね。どうしたのよ?」

 

「マスター聞いてよー、だってわたし頑張ったってチャチャチャチャって感じにしか鳴けないんだもん!ホーホケキョって鳴けるのは男だけなんだもん!ウグイス嬢だなんだちやほやされてもさ、みんなウグイスはホーホケキョって鳴くもんだって思ってるから、結局いつも期待外れみたいな顔されていやなの!」

 

ホロさんのお酒は止まりません。

 

「わかるわよホロちゃん。結局男が目立つこと多いわよね。男社会、確かにね。 でもホロちゃん、あんた可愛いじゃない。男はあんたに釘付けよ、ホーホケキョって。」

 

マスターはホロさんの気持ちを宥めようとします。

 

「マスター。わかってないよ。わたしは求められたいわけじゃないの!どちらかといえば求めたいし。そういうことじゃなくて、ホーホケキョって鳴けなくたって、堂々とウグイスしていたいの!その邪魔をしないで欲しいの!」

 

ホロさんは手に持っていたお酒を飲み干して立ち上がり、胸を大きく張って叫びました。その声はバーの外まで響き渡りました。

 

ホロさんの言葉はバーのお客やバーの前で偶然声が聞こえた人たちの胸に響きました。みんな泣きながらお酒を飲み始めました。「わかる、、、わかるよ、、、おれもさぁ、、、」酔い潰れたホロさんを囲んでみんなで涙の酒盛りが繰り広げられました。

 

マスターはホロさんの言葉に感心しつつも、酔って大立ち回りを披露しては寝落ちてしまった目の前の若いウグイスに少し怒っていました。

 

「ホロちゃん、あんたは男だ女だ言う前に、お酒の飲み方覚えなさい。。。あーだこーだ言う前に、堂々とチャチャチャチャしなさい!今のままじゃカッコウ悪いわよ!」

 

マスターの声が響き渡り、バーには一瞬の静寂が訪れました。そしてそのすぐ後、地響きの様な歓声と万雷の拍手が沸き上がりました。

 

顔を真っ赤にしながらワタワタするマスターに、ただならぬ雰囲気に思わず起き上がったホロさんが飛びかかる様にハグをします。そしてマスターの耳元で囀ります。

 

「マスター、いまわたしすっごいホーホケキョ!」

 

 

 

0004 流行

動物たちの世界では今二足歩行がブーム!

 

犬も猫も象も牛も、若い世代は今みんな二足歩行!

 

今からでも間に合う!憧れの二足歩行の方法を伝授します!

 

...

 

今の時代、とにかく誰も彼もが二足で歩いている様だ。

 

「まったく、本当にどうしようもない時代になったもんだ。はっ!」

 

ペンギンのペギ尾さんが、小鳥たちにご飯をあげながら言います。

 

「オレぁ別に二足がいいなんて思ったことないね!四つ足だって速く走れりゃそれが一番じゃねぇかってんだよ、なぁ!」

 

生まれてからずっと二足で歩いてきたペギ尾さん。それぞれが本来持っていた個性が失われていくことを嘆きます。

 

...

 

「なんで二足歩行しているのか、もう忘れてしまいました」

 

チーターの知多山さん。若い時に周りに流されて二足歩行を始めました。

 

「今となったらね、馬鹿なことしたなって、、、思わない日はないですよ」

 

二足歩行を始めて1年した頃、足腰が悲鳴をあげ、二足はもちろん四つ足でも歩くことも難しくなってしまいました。

 

...

 

「わたしは基本一本足ですけど、誰も憧れやしねーのなんでよ?」

 

そう疑問を投げかけるのはフラミンゴのミンさん。二足歩行がブームになるのなら、一本足も流行ったらどんなんだと唱えます。

 

「わたしだってね、みんなの憧れになりたいですよ、、、一回くらい。一本足、、、カッコいいですよ!少なくともわたしは誇り持って一本足やってますよ!」

 

...

 

最後にお話を伺ったのは飛び魚のトビさん。手も足も持たず、海の中を高速で泳いでは、水面を飛行もします。

 

「二本足ねぇ。おいら別に憧れやしないけどね。でもまぁ、足があったら陸を走ってみてぇなんて思ったりもしますけどね」

 

どこかもどかしく話すトビさん。胸の内に秘めていた想いがありました。

 

「オイラみたいなのが手足持ったってカッコ良くなってないだろ?可愛くないだろ?人気でねぇよ!」

 

思いの丈を吐露し始めたトビさん。感情を抑えつつも、溢れ出す思いは止まりません。

 

「おんなじだよ。四つ足のやつは四つ足がいちばん!二足になったってしょーがねーよ!無理して怪我して、後で変なんだって気付いたってもう遅いんだから!」

 

あなたはあなたのままでいちばん。なによりも可愛いしかっこいい。妙な熱狂の中で気付いた大切なことです。

 

二足歩行ブームはいつまで続くのか?今後も注目していきます。

 

 

 

0003 知己

「お前は本当にどんくさいな!」

大きな声でそう言ったのは足の速いうさぎでした。

「そんなノロマなやり方じゃいつまで経ってもぼくには勝てないぞ!」

ウサギは大きく胸を張って、張って、あまりに張るもんだから胸のあたりが張り裂けてしまって、あまりの痛みに泣くほど痛がっていました。

「ああ、こんにちは、今日はとてもいい天気で、お散歩にはとっても良い日ですね。」

苦しむうさぎにはこれっぽちも気にせずに、カメは答えたのでした。

「ははは、ほらな、やっぱりお前はどんくさい、何が天気だ、お散歩だ?今日もぼくの勝ちだ、それにきっとこれからも、ね!」

呼吸を整えることなく、一息でウサギはカメをバカにしたのでした。

「・・・・」

カメはゆっくりと、痛みに悶えるウサギの横を通り過ぎていきました。

「ああ、本当にいい天気。お陽様が気持ちいい!こんな日は外を歩くのがとっても楽しいね。」

カメの目にはウサギは映っていません。カメの耳にウサギのうめき声は聞こえてきません。

カメの世界にウサギはいませんでした。

ウサギはそのことに怒りを覚え、思わずカメの前に立ちはだかりました。

「おい!!!、、、、ぼくだぞ!!!、、、、ぼくを見ろ!!!」

ウサギの口からでたのは、カメを罵る言葉でもなく、蔑む言葉でもなく、焦りと悲しみに満ちた叫びでした。

それは張り裂けた胸に悶え苦しむうめき声よりも一層痛々しいものでした。

「お、やあ、はじめまして。ぼくはカメ太。君は誰だい?」

カメはそう言ってウサギを見つめます。キラキラした喜びに満ちた目で。

ウサギはその場に倒れ込みました。

認識もされていない相手を、届くことのない声でひたすら蔑み続けた自分。

あまりの虚しさに、ウサギは自分がとても無駄なことに囚われいたと、思わざるを得ませんでした。

倒れ込んだ自分の横を、それまでと変わらずゆっくりゆっくりと通り過ぎていくカメを、ウサギは気配で感じました。

「(ああ、結局ぼくのことを気にしてなんでいないんだな、こいつは。)」

カメが通り過ぎていったころ、張り裂けたウサギの胸は徐々に治り始めていました。

0002 素直

まんまるお月さまが淡く煌めく空に浮かぶ夜。

お月さまがあんまりまんまるだから、くじらたちは「ああ、美味しそうだな。とっても美味しそうだな」と月を見上げて思うのでした。

「こんがり焼けたおせんべいみたい」

「ぷっくらふっくらしたどらやきだよ」

「いやいやあればあまーいマドレーヌだね」

くじらたちは空に浮かぶ月が、どれだけ美味しそうなのかと議論を交わすのでした。

「君たち、それはまんまるだから美味しそうってことかい?」

クジラたちに声をかけたのは、群れの仲間ではないイルカでした。

「例えばほら、いつもの付きみたいに欠けていたり、そうだね、真ん中がぽっかり空いていたら、それでもまだ美味しそうって思うのかい?」

クジラたちは考えました。

「そりゃそうだよ。いつもは月をみたって別に美味しそうだなんて思ったことないもの」

クジラたちの答えを聞くと、イルカはニヤッと悪戯な微笑みを口元に浮かべ、空高く飛び上がりました。

イルカは、水飛沫を纏いながら、月の方へと上っていきました。

クジラたちは舞い上がったイルカを見上げ、イルカがちょうどまんまるの月に重なったとき、

「パクッ!」

という音を聞いたのでした。

そして、イルカは再び海への落ちてくると、何やらほっぺたいっぱいになにかを含んでいます!

「もぐもぐもぐもぐ。あー君たちの言うようにたしかに美味しいね!」

クジラたちは最初イルカが何を言っているのかわかりませんでしたが、しばらくして月の真ん中にポッカリと穴が空いていることに気が付いたのでした。

「あはは、どうだい?残念だけど、美味しいところはぼくがもらっちゃったよ」

イルカはそういうとクジラたちに悪い表情を向けました。

クジラたちは驚きのあまり目を丸くし、口は開けっ放しになっていました。

「なんてこった、、、これは、、、これは、、、まるでドーナッツ!!こんな美味しそうな月は初めて見たよ!!」

まん丸くした目はキラキラと輝き、開けっ放しの口からはヨダレがこぼれていました。

イルカは呆れた顔をしてクジラたちから離れてどこかへ行ってしまいました。